崇高な目的に向かってスタートした社会システムデザインセンターも事務所開設から1年。これまで、多くの方々と気持ちを共有し、助言や、支援をいただきました。心より感謝します。この一年を振り返り、また新たな一年に思いを巡らせてみたいと思います。
■SI業界と、日本の社会システム
IT業界に身を置く私はかねてより多くの人と、SI業界の功罪について議論を続けてきました。いわゆるSI業は日本独特の業態です。欧米に同様の形態はありません。先の見えないものを決まった金額で請け負うことは常識的に考えられないからです。発注側はできるだけ先々を想定して要求仕様をまとめます。受注側は仕様を満たしコストを最小化し請け負います。お客様に満足いただくためにQCD(品質・コスト・納期)を追求し、場合によっては赤字でも貫徹します。長い年月で改善されてきていますが本質は変わりません。発注側と受注側の駆け引きに膨大な時間と労力を使います
日本には、IT関連に関わる労働者は100万人いると言われます。お陰様で業界は人手不足とDXの推進によりコロナ禍でもなんとか堅調を維持しています。しかし、振り返ると30年、製品やサービスの日本製はほぼ壊滅しました。
もちろん、SIのいいところも沢山あります。しかし、ひょっとして、SIerが日本をダメにしているのではなかろうか?優秀なエンジニアやコンサルタントが多くいるIT業界で、QCDにこだわる我々が、どうして世界で、少なくてもアジアでリードできないのか。こんな気持ちが静かに深く私の中に沈殿していきました。アポロ計画のように、同じ目的に向かってインハウスで協働する仕組みは、なぜ日本のIT業界だけできなかったのか。見渡すと形は違え、同じような日本の社会システムの不条理な構図が、行政、教育、司法、医療、税務、各方面に見られます。こうあればいいのにという素朴な疑問は調べると様々な規制や慣習にすぐぶつかります。日本ひとり負けの構図は何らかの共通点があるのではないだろうか。
■社会システムデザインにベクトルを
これからは、世のため人のためにと目指してきた優秀な日本人の頭脳や、誠実な人柄は、本当に世の中のために役立つように、一つずつ社会システムをデザインし直していくことにベクトルを合わせることが必要です。実行能力は日本人の得意とするところです。受け身体質で穏やかな日本人が、静かな闘志と誠実さ、丹念な仕事で、先端の科学技術を活用し、素晴らしい製品やサービスを生み出し社会をバージョンアップさせることができるはずです。しかしそれはIT業界だけで、ましてや一企業だけできるわけがありません。
そんな思いから、かねてより心置きなく議論を重ねてきたAI科学者の中島秀之氏とSSDCを設立しました。日本の科学技術を使って未来の社会づくりに活用し、あるべき姿の社会システムに変貌させよう。それを、ビジネスで継続させたい。
シンボルマークは羅針盤の針が北極星を指し、意見や利害の対立があっても目的のためにぶれずに協働するさまを、デザイナーの雨海直子氏が手掛けてくれました。初年度は知り合いのIT業界の方に、2年目以降は他業界の方々に徐々に参画をしていただきたいと計画しました。いつの日か、日本の科学技術を駆使し、人と社会の豊かな未来をつくるビジネスが、若い人たちを中心に、まるで苗代のように(実家が農家なものですから)沢山の苗が大いに育つイメージを抱きつつ活動をスタートしました。
■事業創造デザインプログラムのリリース
1年目の成果は、北村和久氏を中心に、「事業創造デザインプログラム」をリリースしたことです。ここ4、5年実践してきたDesign Thinkingの手法で問題を深掘りし、課題解決策をプロトタイピングし、Job理論で価値を確認し、Lean Startupで素早く事業を立ち上げるという一連のワークショップをつくり、この1年で4回開催しました。明治大学理事の青柳勝栄氏の協力や、明治学院大学の岩尾俊兵氏の助言をいただき、学生と会員企業の若手社員を交えて成果発表までこぎつけました。
ここ1年、北村氏は、数百の書籍、数十のセッションを分析し、多くの先生方に助言いただきながらレベルの高いプログラムに仕上げてくれました。特に堤孝志氏には、熱量の引き出し方、手法の神髄について多くの教えをいただきました。
■SSDCの果たすべき役割とは
栄藤稔氏にはSSDC初のシンポジウムを主幹いただき、大変な反響をいただきました。
栄藤氏でなければこれほど次元の高いシンポジウムはできなかったと思います。その過程で紹介いただいた、丸山宏氏との話し合いの中で、社会システムの難しさを解くきっかけを教わりました。それは、かねてから中島秀之氏が標榜している、社会システムをデザインする事業の本質的概念です。
私は当初、ニーズがあって、それを提供すれば、そのうち社会のシステムを改善することにつながるだろうと考えていました。しかし、いくらワークショップで身近な課題を解決してビジネスに結びつけたとても、社会の課題を解決することにつながる感触は得られず、両者の距離を感じていました。近江商人の三方よしは、ビジネスの規模が大きくなれば社会をリデザインすることにつながると勝手に思っていました。大きな間違いでした。丸山氏は、通常のビジネスでは、消費者と供給者で二項対立が成立するが、社会は自身も参加者であるため成立しにくいと教えてくれました。多くのビジネスは、社会よしは後付けであって、初めから社会をよくしていくことをデザインしていないのではないか。そもそも中島秀之氏の言う「顧客」という呼び方が既にビジネスドグマにとらわれていないか。そのための設計や仕掛けが初めから必要であることに気づきました。
■現実と理想、ビジネスと科学をつなぐ接点
SDGs推進者や社会事業家やNPOの方々と多くの情報交換や交流を持ちます。彼らの活動は本物であり尊敬していますし、大変勉強になります。事業としての迫力と面白みを感じつつも、何とかビジネス化できないか頭を悩ませます。寄付や支援に支えられている限りは、社会の自由とダイナミズムを生み出しえないように感じてしまうのです。これからもNPOや社会事業家など様々な方々と協働し、社会システムをデザインすることに直接つながるビジネスを生み出すことができるか探索しようと思います。
自分が参加している社会と、受益者である自分と、提供者である企業が、お互いにメリットを享受し、利益を上げ継続するビジネスモデルを作り出す。社会課題の解決につながるものを丹念に見出し、アプローチやプロセスを工夫し、一つの太いチェーンをつくれればと考えています。そして、それにチャレンジする人には大いに豊かになってもらい、大いに学び続けてもらいたいと思います。そのためにも、今年はそんなエネルギーを持っている学生や、若者、弾けた大馬鹿者たちに会いに出かけようと考えています。
現実と理想、身近な問題解決と社会課題をつなぐ工程はビジネスと科学との接点においても同質の距離を感じます。ビジネスの基本はシンプルで需要と供給によって成り立ちます。科学は原理から仮説を立て、情熱と愛着により美しい理想の形を芸術的に作ろうとする過程です。ビジネスは実利が最初に来てすぐさま判断します。この隔たりは非常に大きいものがあります。やはり、北極星を定め、お互いに尊敬し合い、本質をあきらかにし、目的を共有することがとても大切だと思います。
■本気で、ワクワクしながら、素敵な世界をつくろう
それでは、SSDCは何をテーマで解決していきながらそれをビジネス化して継続させるのか。今年はSSDCらしい一つの事例が生まれる可能性があり期待しています。いわゆるベンチャービジネスは、自分の興味だったり、夢であったり、やる気とワクワク感に満ち溢れています。しかし、社会課題となると一気にテンションが下がり使命感とボランティア精神に頼りがちです。SSDCは「やってみなはれ精神」を大切にしています。小さくても自立できる事業や、なんだかわからないけど面白い事業も生まれるかもしれませんが、ゆくゆくは力強いビジネスに育つ、投資家にとっても魅力的な、社会をデザインするキラキラしたビジネスをSSDCから生みだしたいと思っています。
没後50年最近改めて、三島由紀夫氏の小説を読み始めました。三島氏は小説家であることにとどまらず、活動家として国体を問いました。企業経営者や科学者、官僚の方にも、表向きは穏やかですが、昔の小説に出てくるようなまさしく国士気概をもって生きている方々がいることを知っています。本気で、ワクワクしながら、新しい素敵な世界をつくろうと夢のためにピリッと立って生きていくリーダーを多く輩出できるよう、そんな人たち、老若男女が大いに語り、学び、実験し、失敗し、挑戦できる場をSSDCは提供していきたいと考えています。