■社会のデザインとテクノロジーは両輪の関係
氏田雄介『54字の物語』(PHP研究所)に次のような話が載っています。「未開の星に高度なテクノロジーが伝来した。その星の人びとは馬車の馬を精巧なロボットに置き換えた。」これ、笑い話ではなく、現実の社会で起こっていることです。高度なテクノロジーがあれば馬車にこだわる必要はありません。自動車や飛行機や宇宙船が(ひょっとしたらタイムマシンも)作れるのです。AIやIT(面倒なので以後AITと呼びます)を導入すれば仕組みを根本的に改善できるはずなのに、従前のやり方の一部だけをコンピュータ処理しようとしているシステムの多いこと。
我々は社会システム自体をデザインし直すことを目標に活動したいと思います。社会のデザインとそれを支える技術は車の両輪、鶏と卵の関係で、どちらが先というものではなく、両方を回しながら進んでいくものと考えています。技術が進歩すれば新しいことが可能になりますし、新しい応用がまた技術を進めます。何が可能で何が難しいかを知らないとデザインできません。だからこそソフトウェア技術を持った集団が社会デザインに取り組む意義があります。
■デザインは「仕組みの設計」
「デザイン」というのは狭い意味での意匠のことではありません。仕組みの設計のことです。AITは社会の仕組みを根本から変える力を秘めています。情報というのは物質やエネルギーに並ぶ世界観です。この世界/社会を情報という観点で眺め、情報という観点で扱うことによって、これまで不可能と思われていたことが可能になります。エネルギーの効率的利用もAITによって可能になりますし、最新の天文学の成果であるブラックホールの写真もAIT抜きには実現しませんでした。情報は物質やエネルギーの限界を超えられるのです。情報は物理法則の制約を受けませんから、思いつきさえすれば実現可能です。SFのレジェンドであるジュール・ベルヌが次のような言葉を残しています。“Anything one man can imagine, other men can make real”(誰かが思いつけるものは他の人々が実現してくれる)。情報を中心にした新しい社会をデザインし、この社会をAITでより良いものに変えていきたいのです。
新しい便利な道具とそれを活かす仕組みをデザインし、それで世の中を住みやすいものにして行くことを目指したいのです。企業という組織のあり方も見直すのが良いでしょう。特にソフトウェアを生業とする人たちは既に働き方が変わって来ています。特定の企業に属さず、特定のプロジェクトに参加し、自分の得意な部分を受け持つという働き方です。メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への移行です。これを社会全体で効率良く行うためにはウェブ上に個人の得意分野や働き方の希望などの情報を登録しておき、仕事が発生した時にこれらとの最適マッチングを取るというAI技術が必要です。このようなマッチングのプログラムを作っておくことによって世の中の働き方改革ができるのです。
■AITを活用すれば、様々な分野で社会をより良くしていける
日常生活上の煩雑な作業を自動化することも様々な分野で考えられます。増えつつあるメールの内容を読み取り、自動的に処理するプログラムがあればずいぶん助かります。また、個人の確定申告ですが、もっと自動化できるはずです。また、ジョブ型雇用になると収入の単位が給与ではなくなりますから確定申告も煩雑化し、今の方式ではパンクしそうです。マイナンバーがあるので全てのトランザクション中から特定の人の収入を把握できるはずですから、あとは必要経費の計算だけのはずです。このような、税金計算がほぼ自動でできるシステムを構築して国税庁や市町村の税務署に使ってもらえば良いのです。
現在AITリテラシーの教育の必要性が強調されています。全ての人がAITの力と限界を理解し。生活や業務に使えることが重要です。大学でも専門分野にかかわらずAITのリベラルアーツ教育が必須です。しかしながら残念なことに、これらを教える人材は不足しています。私はAITの教育を行うAIプログラムを早急に開発すべきだと考えています。個人の理解の程度に応じた知識を与えるプログラムを作ることによって個別に最適な教育を与えることが可能になり、教育の効率と質が上がります。特にAITの教育においては実際にプログラムを作ったり変更したりして走らせる経験もコンピュータ上で容易に実現できます。
ここで述べたのはほんの一部の例に過ぎません。様々な分野で社会を良くする仕事ができれば良いと思いますし、SSDC自体がAITを自ら活用するジョブ型雇用組織に変わって行くことも大事だと思います。
情報処理は想像力の勝負です。